手が司るもの

ちょこっと、お知らせです。

大學の先輩が所属していらっしゃる「日本刺繍」の全国展が銀座で開催されます。

『花ひらく 絹のよろこび』

実物はもっと綺麗なのだ。こういう文化も需要が無くなっていくのでしょうね。

寂しいな。

これは清末期の「旗袍」いっても1920時代位かな。

蝙蝠(コウモリ)の音が変蝠(福に変る)との事から、吉祥の印ざんす。

結婚式のかしら・・・ねぇ?と言って購入。絹地の「蝙蝠」の部分は手刺繍。「喜」の字の部分は織り。

こんな刺繍、刺せる人も現代の中国にいるんだろうか。

当時の方は小さく痩せていたので、現代の人が着用するには、よほど「痩せていないと入らない」(笑)

そのおかげか、とても貴重な「袍」を何枚か持っています。

私が死ぬ時には、日本刺繍で有名だった母校の大学に寄贈するか、中国に返還するか・・・

「翡翠」も硬玉も軟玉もいろいろと持ってたけど、私の「魔除け」にはならなかったみたい。一番いいのは泥棒にやられた。

「袍」を売ってくださった方は、「ESPRIT(エスプリ)」の代表だった方。私はその方がそういう方だと全く知らんかった。その方は大学卒業後「このまま何も知らずに会社に勤めていいのか?」と哲学していたところ(聖心大学哲学科卒業)、ある方に連れてかれたところにいらした方が故ヨーガンレールさん。ヨーガンレールさんに出会って、人生が決まったそうだ。

「気に入った生地を見つけたら持っていらっしゃい。わたくしが、型紙におこして差し上げます」といっつも、言ってくれた。いつも笑って話を聴いてくれてたスタッフの方は「ヨージヤマモト」の有名パタンナーさんだった。←この時もまったくどういう集団なのかわからんかった。

「出会いは大切ですよ、北京にこんど行った時にその袍↑に合う、ピンを探してきて差し上げます」と言って、買ってきてくださったのは、「アールデコのカフスボタン」だった。

私がお金を払おうとすると、一切受け取ってはくださらなかった。

とっても素敵な「カフスボタン」を袍に付けて、一度だけお会いしに行った事がある。

とっても喜んでくれた。その時、羽織っていたのが、これ↓

手刺繍のカシミール刺繍のストール。

私は職人仕事が好きなのだな。一回購入すれば一生ものだ。

暖かいから、シュナーズが寝たがる。

いつも感謝している。私は皆様に生かされている。まっとうに生きていればお天道様が見ていてくれる。でも、足元から崩れ落ちてしまう事だってある。

それでも、裏で舌を「ぺっ」て出すのだけはしたくない。

・・・せっかく頂いた「カフスボタン」一個は、一番最初のコソ泥の時に硬玉の翡翠と一緒に盗まれた。ちっ。あれが一番小さいけど、一番高価だったんだ。そしてお気に入り。

去年、「ダイヤモンド専門」の泥棒に入られた時、残り二個を持ってかれた。その二個には「キラキラするもの」が一個づつ埋め込まれていた。この時も翡翠の指輪をやられたんだ。母の形見の・・・叔母からのお土産の翡翠と18金のブレスレットもやられたんだ。

・・・「人造ダイヤ」だったと思ってたけど、ひょっとしたら「本物ダイヤモンド」だったかもしれない・・・

コメント

  1. みぃ より:

    凄い綺麗!!
    GINZAに見に行こうかしら?

    実物は、もっと凄いんだろうなー

    きっと。。。

    「惚れちまうやろーー!!」

    • Kassis より:

      みぃちゃん

      綺麗だよ~一緒に行く?行けるとしたら、私4日なんだけど。先輩、いるかな?
      今時、反物に刺繍をささせる人もいないからねぇ~ 昔は、「ここに刺繍入れて」とか「襟に刺繍を入れさせた」とかあったけど。
      自宅に呉服屋を呼ばないしねぇ。
      アンティークのいいものはほとんど、海外流失。
      先輩に20代の頃「kassisちゃん、糸代だけで、『宝尽くし』刺してあげるよ~」って言われたんだけど、申し訳なくて頼めなかった。

      マダムにも「いつでも、(生地)持っていらっしゃい。遠慮しなくていいんだから」って毎年、言われてたんだっけど、これも、申し訳なくて頼めなかった。
      ヨーガンレールの前社長だったてのも知らなかったし・・・・
      本当に何かを成し遂げた方って腰が低い。今は、「アジアの染色アフリカの民芸」とか、女性の手仕事を世界に紹介する仕事をされてる。
      私も体系が変わっちゃったし、付き合う人たちが変わっちゃったから、もう、お会いする機会もないだろうな。
      「袍」を着て、みぃちゃんママに作って頂いた訪問着のパンツを着て、Parisのオペラ座に行く機会もないしね。
      「袍」を止めるピンも、泥棒にやられたから、真珠と血珊瑚しか残ってないから、着る場所も選ばなければならないし。

      実は、ここの会社にスカウトされてた。その時には、まだお母さんの介護してたし、その後はA親子と関わちゃったから、もう、全て無くしましたわ。
      何かの話で仏語になって「わたくしと同じ学校出身?(雙葉)」とニコニコ言われて、すごく、可愛がってくださった。追っかけで覚えた仏語が役に立つとは^^:

      これから、こういう「手仕事」は価値があがるでしょうね。
      「袍」も文化革命でほとんど焼かれてしまって、アンティークで状態のいいものってなかなか見つからないんだって。
      何年か前に「中国が流失したものを買い戻している」って、マダムが言ってた。
      あとね、「着てあげなければ、意味がない」っておしゃってた。博物館に展示してあったって意味ないもんね。
      「着る」ために作られたんだから、動いてなんぼのもの。

  2. みい より:

    4日
    多分行けるかと〜
    連れて行ってくだちゃい❤️

    アフリカの染色も素敵よねー
    刺繍に染物に、素敵なことをなさっている方ね〜

    手間をかけた手仕事って、本当に感激するわ

    私も飾るよりも使いたい派

    クマさんのお母さんふとん屋さんで、昔、天皇陛下が新潟に宿泊する際の布団をつくったそうな。
    お家の押入れに、その最高級布団が桐箱に入って眠ってるらしい。

    冗談で、「使いたいからちょうだい!」って言ってみたら、、、
    くれるって(-。-;

    流石に気軽には寝れないにゃー
    でも、旅館で最高級布団に寝るコースとかで使えば良いのにーって思うわ。

    • Kassis より:

      みぃちゃん

      4日、時間調整しようね。私も体調次第ではあるんだけど。
      アフリカの染色素敵よ~ジャマンピエッシュみたいな鞄がジャマンの10分の1くらいで買える。
      凄い、素敵な方です。

      みぃちゃんはママが刺し子の先生だから、人より目が肥えてると思うよ。
      安い、高い関係なく、さらっと、とんでもない着物をほどいてるから、ママ。

      クマさんのご実家、お布団やさんなんだ?
      昔は通りに一軒はあったけどね、お布団やさん。

      でも、よっぽど腕がよかったんだろうね。天皇陛下のお布団なんて。
      さすがに、家では寝られないね。