「あそび」がほしい

リンゴがあって。

「これを説明してください」と漠然と言ったとする。

リンゴは食べ物です、

これは赤いです。

これは酸っぱいです。

などなど。

リンゴが食べられるものと知っていたら、甘い、酸っぱい、表現するかもしれない。

もし、リンゴを食べたことがなかった人は赤い、黄色、大きい、小さい、表現するかもしれない。

違和感を覚える方もいるかもしれないが、親がリンゴを剥いたことがないので、食べたことがない子供も日本には存在する。

同じものをみていても、感じ方は違うし、そのことが正しい、正しくないで、分けることはできない。

日常の考え方も同じ。

相手の立場に立って考える「あそび」を持ちたい。

正論ばかりでは、人は息が詰まってしまう。

「あそび」を持って生きるのってむずかしい。