天上の音楽

興味の無い方は飛ばしてください。私の今年の目標みたいなものだから。

音律には平均律と純正律というのがあって。

「身体の調子が悪い」という表現も身体の「律」が狂っているときなんだと思う。

「調和」という言葉。「身体に変調をきたす」という表現にもあるように、身体が調和していないと調子がくるってしまうのです。

音を均等に12分割したものを「平均律」、和音の調和を重視したものは「純正律」

やはり、これは人にもあてはまって、身近なものだとピアノは「平均律」、合唱、オーケストラは「純生律」。これを人にあてはめると、「協調性のある方」は「純正律」人といることが「苦手な方はもしくは浮いてしまう方」は「平均律」になるんです。

「調」の違う人といると、「不協和音」が生まれます。そういう曲もありますが、物の喩で使わせてくださいね。

なんかこの人といると気が合わない、調子が狂う・・・という時は、身体にも変調をきたしているときなのです。自分と違う「調」で話されるのですから、最期には「洗脳」か「狂気」に陥ってしまいます。この人何か変だな?と感じる時にはすぐに離れてください。とても危険です。

普段の「調子」の悪い時には、ほんの少しだけ「律」を変えてみればいいのでは?と思います。

「平均律」のように全てを等分にし「こうでなくてはならない」のではなく、「純正律」のように「この音は若干高め、この音は若干低め」みたいに調和をとる。

また、逆に「純正律」のように「この曲にはいいけど、この曲には合わない」みたいに、臨機応変に対応し「平均律」のように、規律に從ってみる。

うちのチャイには「調和(天球の音楽)」という意味の名前を付けました。

私の心の平安があるように。

今年は私たちの上で「天上の音楽」を奏でてくれたらなと思います。