天の元気はあるのかな?
去年はここに藍リンとお花見してた。
新しい年になったけど、心は晴れない。
新しい年号『令和』
発表されたら、晴れていたのにいきなり雹が降ってきた。
午後からは雷。
天の道はなんと言っているのだろうか。
「万葉集」の梅の序文だって。時代によって梅の印象は変わるんだけどね。
「梅」も「蘭」も「四君子」
君子はこうあるべきだ・・・という姿を、「香り」に例える。
「梅」は冬。高潔。
寒い中を一等先に花を開く。香りは暗い月夜をぬっていく。「暗香疎影」といえば、宋の林逋(私の好きな詩人の一人)だけど、万葉集の時代からこの印象はあったのでしょね。
水戸の「偕楽園」でしか売っていない「梅」の香水がある。その存在を知って20年以上経つけど、いまだに、嗅ぎに行けていない。
「蘭」は春。清らかさ。
日本の化粧品会社が「東洋蘭」の香りを再現したというので、その香水を試しに嗅ぎに行った事があるけど、全然、お話にならない香りだった。
現在の中国と呼ばれてる国には色んな面白い話があってね。
「『蘭』の花は『美しい美女』なので『女性』が触るとね『香り』が消えてしまう」の。
だから、男性しか育ててはいけないし、女性が触れてもいけない(笑)
うちの祖父は「東洋蘭」を育てる名人だった。「東洋蘭」は株分けでしか増やせないのに、珍しい「蘭」がたくさんあった。だから、譲って欲しいという人が多かった。
お手伝いをしたくて、祖父の回りをうろうろしていたっけ。7人いた孫のうち、「蘭」を触らせてもらったのも、お手伝いしたのも私だけだった。祖父が許さなかったのだ。祖母にも触らせなかった。なので、祖父が床についてからは、私が仕事の帰りに水やりに通っていた。私は昔からこんな役回りばっかり(笑)
・・・祖父が亡くなって、珍しいいくつかの「鉢」は無くなっていた。きっと、祖父のお弟子さん達が形見に持っていったんだろう。珍しい「蘭」は、その「格」に対応する「鉢」に植えられていたから、祖父の遺産分けにはなっただろう。
よく「ひ〇〇ちゃん、その鉢であたしの葬式代が出るよ」と笑っていた。
今思うと、私が持っていても育てられなかったから、持っていってくれて良かったんだけど。
「珍しい蘭」というのは、つまり「育種するのが難しい蘭」という事。何年かに一度しか花をつけないし、何年かに一度しか株分けは出来ない。株分けをしても「根付かない」こともある。株分けをしてしまえば、元の株には「花をつけない」
「蘭」が「主」を選んだんだろうね。
宋の林逋は「梅が妻、鶴が子」と言って笑っていた人のようだ。きっと、馥郁とした香りに包まれていたんだろ。
「梅」もまた「主」を選んだのだろうから。
万葉集の「梅」の序文は大伴旅人とも山上憶良ともいわれてる。山上憶良だったらウィットに富んでるはずよね。
「憶良めは 今は罷らむ 子泣くらむ・・・・(私はもう帰りますね、私を待って我が子がぐずっているでしょうし、うちの奥さんも困って泣いているでしょうから・・・ねっ)」なんて、ウィンクしながら詠んでそうな御仁だもの。
山上憶良は遣唐使で唐に行ってるくらいなんだから、古典を踏まえての序文でしょうね。・・・て事は日本特有の文化ではないはずだけどね・・・あはは。
「平成」の時は、うちの国語学の教授が実は選考員だった。うちの古事記研究の教授がうっかりなのか、しゃれっ気なのか、講義で「××さんは選考員ですけどね」とリークしたのだった・・・
今は昔のお話。