ソフィーの選択

kassisです。

昔、「ソフィーの選択」という映画にもなった小説があった。作者はピューリッツア賞を受賞したウィリアム・スタイロン。

この中で、主人公の女性はある選択をせまられる。

朝、藍リンを連れて病院へ。

朝6時台の病院なんて重篤さんしかおらんわ。ほぼ、日参。点滴待ち。

でも、待合室はあかるいのよ、笑いながら、今日の調子はどう?って、感じ。

みんな一人で戦っているわけじゃないと、元気を貰って帰っていく。

そこに、7階から落ちてしまって下半身不随の猫ちゃんがきたの。

今日はその猫ちゃん自体は膀胱炎の治療できてたんだけど・・・・

ここからが「ソフィーの選択」

現在、多頭飼いのそのオーナーさん。もちろん、仕事もされているし、猫ちゃんの介護もされてる。見れば、どんだけ猫ちゃんがかわいがられているかがわかる。猫ちゃんもとってもいい子。

診察室から漏れ聞こえてきた会話。

家にいる子たちを里子にだそうと思う。病院で里親を探して貰えないだろうか。

聞こえてきた猫ちゃんはほとんどが純血種。

下半身不随の猫ちゃんの面倒をみる為に、他の子を里子に出す。

苦渋の選択。空気の重さでわかる。簡単なんかじゃない。

・・・突如としていなくなった猫ちゃん。7階のベランダから落ちたと思えず、5時間泣きながら探し回ったって。

お願いです、神様。どんな姿でもいい、私のもとに返してくださいってお願いした、って。

そうしたら、前足だけで歩いて住居の駐車場に隠れてたって。一言、ニャって、返事したって。

膀胱はつぶれて、後ろ足は複雑骨折。いまだに、毎週、整形外科に通っている。

・・・他人事じゃない。

小説「ソフィーの選択」ではナチスに「二人いる子供の内、一人だけを助けてやる、選ばなければ二人とも殺す」と主人公は選択を迫られる。母親である主人公は選べない。それでも、選択をしなくてはならない。そして哀しい選択をする。

他人事ではない。

私は「命」をお金で贖ってしまった。その責任は消える事はない。

叔父から引き継いだ「命」、お里から引き継いだ「命」。

もし、私がその「選択」を迫られた時、「選択」することが出来るのだろうか。

そうならずに済むように、最後まで、この子たちといられるように。

毎日を誠実に過ごして行こう。

哀しい決断なんかしたくない。